地震の分布から考えると阿蘇山は噴火する?
神は自らの死を望んでいるか?
自爆テロなるものが起こっています。
命を神に捧げる尊い行為として洗脳されているのです。
どのような神も、自分から人を傷つけることを望むことはありません。
例え自分ひとりの命であっても粗末にすることなど望むはずがありません。
ましてや何の罪もない他人を巻き込むなんて神が許すはずもありません。
そんな当たり前のことがわからないほど洗脳されてしまっているのです。
そのような洗脳が起こることを予想した神は、洗脳を防止するために神の教え以外信じてはいけないという教えを作ったのです。
指導者として神の言葉を伝えるものにしたがってはいけないと教えを作ったのです。
今するべきことは武器を持って攻撃することではありません。
洗脳をといてあげることです。
『神は自らの死を望んでいるか?』
この言葉を各言語に翻訳してビラとして配ることです。
『神ではなく指導者が死を望んでいるだけではないのか?』
争いは争いを呼びます。
力は力で抵抗します。
北風と太陽が旅人の衣服を脱がそうとしますが、北風には必死で衣服が脱げないように守ります。太陽に照り付けられると暑くなって自ら衣服を脱ぎます。
武器が北風、太陽が神の本当の教えではないでしょうか?
神の教えを再認識してもらうことこそ解決の一番の近道だと考えます。
君が代に思う
君が代の解釈に思います。
元々君が代には様々な解釈があったそうです。
君が世の解釈は人それぞれで異なっても良いのではないかと思います。
私の君が代の解釈は
あなたの世がずっと長く続きますように
君はあなたなのです。みんなの世がずっと長く続きますようにと解釈をすれば良いのです。
国歌斉唱を拒絶する人がいますが、拒絶する人ほど昔の政府の解釈にとらわれている証拠です。国歌斉唱を拒絶することで何らかのアピールしたいのかもしれませんが、拒絶する時点で君の意味を最も昔の政府の解釈どおり認めていると公表しているのと同じです。
実は国歌斉唱を拒絶する人が、最も君を一人の人物と認めていると解釈できるのは皮肉な感じがしますね。
拒絶などせずに自分なりの解釈を見つけるだけで良いと思うのですが・・・
『君』の解釈は人それぞれ好きな様に解釈すれば良いと私は思います。
私にとって『君』は『あなた』であり、人の歌っている君が代の『君』は『私』です。
他の解釈をしたい人は他の解釈をすれば良いと思います。
いつか世界中の国が統一されて、君が代がみんなの平和を望む歌として地球の歌になればいいですね。
70年目の広島の原爆の日
70年目の広島の原爆の日
人類の歴史の上で初めて原子力による兵器での攻撃が行われた日です。
善悪の判断という意味では様々な視点があります。日本は戦争を仕掛けた側ではありますが、何の罪もない民間人を攻撃するのはルール違反だと思います。しかしアメリカ側からすれば仕方なかったという考え方もあります。自分の命を投げ出してでも戦う日本人が理解できず怖くて仕方なかったのです。
核兵器の威力を見せつけるだけなら山を一つ消してしまえば良かったはずです。わざわざ都市に落としたのは、核兵器の人体への影響を知る目的があったことは間違いありません。
善悪を議論することに意味は有りませんが、この点ではアメリカが広島と長崎の民間人を使って人体実験をしたことを世界中に知らしめるべきだと思います。
アメリカ国内にも知らせるべきだと私は思います。
人体実験が正当化されることこそが戦争の本質です。平時の理屈は成り立たず、皆が狂ってしまったのです。人類の知恵を集めることが出来れば、戦争の無い世界を作ることが出来るはずです。
人には思いやりの心と知恵とお互いが分かり合うことの出来る言葉があるのですから。
争いが無駄な理由
兄弟同士の諍いをはじめ、個人同士の争い、国同士の戦争、複数の国々同士の戦争である世界大戦の意味は、多大な犠牲を払って勝ち負けを決めているだけです。勝ち負けを決める手段として武力による決着を選択したのです。
戦いが無駄な理由は元に戻せないからです。
得るものは勝ち負けの結果だけです。その結果を得るために失った命は決して帰ってきません。壊したものも勝ったからといって元には戻るわけではありません。
勝てば賠償を受け取ることで得をするのかも知れませんが、負ければ賠償を支払うことで損をします。人類全体で見れば賠償は資産の移動でしかありませんし、戦争による破壊の分人類全体でみれば大損です。つまり戦争は何も生み出さず、破壊しか行わないのです。戦争を望むのは武器商人だけという事実を知りましょう
尊敬すべき先人
渋澤栄一氏、出光佐三氏など尊敬すべき先人がいたのに、今の日本の現状・・・。
彼らのすばらしい心根を伝えることのできる人がいなかったのだろうか?
本当に恥ずかしいことだと私は思う。
他にも今の日本を作り上げた尊敬すべき先人が多くおられるはずだ。
先人たちが今生きておられたら、なんと思われることだろう・・・。
70年間戦争のない平和な世を喜ばれるだろうか・・・。
それとも自分達が今を生きていれば、もっと発展できるはずだと歯痒い思いをされるのだろうか・・・。
工事反対の心理
トンネル工事などで地盤沈下が予想されると工事を反対する人もいます。わからないから不安だと。心理として『目的』は何でしょう?
浩二する側が大丈夫と保証するなら、最悪地盤沈下が起これば土地の評価額の何倍の金額保証してもらえるのかを相談する。『目的』が反対そのものであれば引き続き反対と騒ぐしかありませんが、『目的』が心配を取り除きたいならあらかじめ地盤沈下が起こった場合の保証額を何倍も上乗せしてもらうように交渉すればよいと思います。
どのくらい自信をもって大丈夫と保証しているのか、評価額の2倍の自信なのか10倍の自信なのかで不安を取り除いてくれると安心できるのではないでしょうか?
大丈夫といいながら評価額の1.1倍しか保証しません。では自信がないことが露呈するので工事する側の思惑が透けてみえます。
反対に工事そのものにただ反対であれば、いくら提示されても反対しか言わないと思います。
考えを周囲に見えるように振り分けることには最適な方法だと思いますが、いかがでしょうか?