喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

嘆願・要望についての提案

嘆願書・要望書などのお願い事項を見て思います。
お願い!お願い!
って何の対価もなく無心する姿…
記録映像でみた「give me!」「give me chocolate!」と叫びながら、とにかく手を伸ばす子供たちのことを思い出します。
どれだけの対価と引き換えに嘆願するのか、お金を添えて申し出てみるのはいかがでしょうか?。本当にお金を出してでも嘆願・要望したいのであれば、それだけの理由があるのではないか?と考える価値が高いと判断しやすいと思います。
サインする数秒間の時間だけ集めても、要望の度合いは伝わらないと思います。
反対や要望していることを表明する儀式でしか無いように思います。

嘆願・要望するならお金(寄付金)を添えて行ってはいかがでしょうか?

日常生活でもお願い事には対価(対案)も添えてお願いするようにすると、無理なお願いが減るし本気度もわかるし合理的だと思うんですけどね。


今日のところはこの辺で