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喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

『時間』について ~自分の『時間』の価値を考えてみる~

誰にでも1日24時間ある『時間』。
本当に誰にとっても『時間』は同じでしょうか?

『時間』の価値の捕らえ方は人それぞれ違うと私は思います。
受かるかどうかギリギリの入試直前の受験生の『時間』と、退職し悠々自適で生活の心配のなく退屈で毎日することをわざわざ探している人の『時間』は同じ価値でしょうか?
仕事で締め切りに追われている人と、ただ何の『目的』も持たずボーっとしているだけの人の『時間』は同じ価値でしょうか?
あれもこれもやりたいと思って実際行動している人と、することがなく言わばお迎えまでの暇つぶしをしている人にとって『時間』は同じでしょうか?

実際誰にでも1日は24時間でかわりはありません。
皆平等に1日は24時間です。

ただし人それぞれ『時間』に対する考え方、価値観が異なります。
毎日やることがなくて困っている人は、『時間』に対する価値観が低く、『時間』を惜しむという感覚は乏しいと思います。何故なら『時間』とはいくらでもあるものであり、『時間』は無尽蔵にわいてくるかのようなイメージだと思います。足らなくなるという心配をしたことがないので、『時間』がなくて困るという概念そものもがないかもしれません。
一方様々なことをやりたいと思い実際に行動している人は、『時間』に対する価値観が高く、『時間』を惜しむという感覚は当たり前で『常識』でもあり基本です。場合によっては自分の『時間』を『お金』で買うことは厭わないと考えます。むしろ自分の『時間』を『お金』で買うことができないか、いつもチャンスを伺うようになります。特急や新幹線など高速移動手段を用いるのは、移動『時間』を『お金』で短縮しているだけのことです。

このブログを書いていて、改めて無駄にしている『時間』なんて1秒でももったいないと実感しました。
自分にとって『時間』がいかに大切かを改めて実感し、『お金』よりも限られた『時間』の方がはるかに希少価値が高いこと(『お金』は手段によってとり戻せることがあっても、『時間』は戻せないから)を理解することが、何より自分の『時間』の価値を実感する第一歩だと私は思います。

『時間』は限られた資源だという話はこちら。

 

『時間』という資源について ~『永遠の命』からわかること~ - 喜哀楽の考え方

 
『時間』と無料ゲームの関係はこちら。

 

『時間』について ~無料ゲームを考えてみる~ - 喜哀楽の考え方