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喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

『時間』の概念の有難さ ~人間だけの特権~

『時間』の概念があるのは恐らく人間だけ
 先のことに備えるのは冬眠するクマや、カッコーにも餌を保存する習性がみられますし、蜂もハチミツを集めたくわえますが、餌の少ない冬に備えているだけだと思います。クマやカッコウ、蜂に聞いたことはありませんが、飢えへの備えはしても恐らく『時間』は意識していないと思います。

『時間』の概念があるからこそ人類は発展することができたと私は思います。
『過去』と『未来』を概念として捉えることができるため、『過去』をお手本にして『未来』に備えることができる。
人類の歴史を考えると、季節の移り変わり四季を認識することで、農耕を有利に進めました。
以前のこと『過去』を振り返り、農耕の効率を如何に高め『未来』につなげるかを積み重ねて現在に至っていると思います。
『時間』の概念があるからこそ建築するのに何年もかかる建造物を作ることができます。
 
生き物の中で人間だけが理解できる『時間』という感覚。しかし『時間』の貴重さに対する理解度は人それぞれ異なるようです。理解度の低い人の中には、貴重な『時間』を厄介者のようにわざわざ潰す人までいます。石ころだからと価値を見出すことが出来ず、実はダイヤモンドの原石を捨てているようなものです。
もったいない。

『時間』の貴重さ・大切さを認識すれば(ただの石ころではなくダイヤモンドの原石でダイヤモンドの元なんだ理解するように)、扱い方も変わると思います。
ダイヤの原石で石蹴り遊びや水切り(水面に石を投げて撥ねさせる遊び)遊びなんてしません。ただダイヤの原石だと知らない子供はどうでしょうか?価値を知らなければただの石ころと変わりません。石蹴り遊びや水切り遊びをダイヤの原石でしてしまう可能性があります。(例えばなしで、通常は転がっていませんけど)
ダイヤの原石の価値を知らない子供のように『時間』の貴重さ・大切さがわかっていない人は、『時間』潰しなんてもったいないことをしてしまうのです。

人間緊張をほぐすための息抜きは必要ですが、潰す『時間』なんてあるのでしょうか?
息抜きと『時間』潰しは別物と考える方が私は得策だと思います。

『お金』を取り戻すことは難しくても不可能ではありません。『時間』を取り戻すことは現代の科学では不可能なのです。
どちらが貴重でしょうか?
そろそろ限られた『時間』の大切さに気づくべき時です。
『時間』の終わり、つまり自分の寿命について考えたことがないと、『時間』に限りがあると実感できないのかもしれません。
平均寿命まで三十年も四十年もあるから実感がわかないという人もいると思います。私はたった三十年・四十年しか残されていないんだと思うと、『時間』の希少性を実感します。特にやりたいことをを思い浮かべると、このままでは残された『時間』では到底足りません。
協力者を探すのか、さらなる『知恵』を私が身につけるのか、何か工夫をしなければ『時間』が全く足りません。『時間』を潰している人が羨ましいと私は思います。