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喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

困難や制約が人や生き物・企業を育てる

以前書き込んだ

 

変化は人や生命を育てる - 喜哀楽の考え方

 

『困難』や『制約』という現状維持では乗り越えられない周囲の環境の変化が、結果として人や生き物をより良く変化させていくと私は思います。変化しないと生き残れないから変化せざるおえない状況に追い込まれると言い換えても良いと思います。これまで大丈夫だったからこれからも大丈夫と思いこんで、周囲の変化を認識できなければ滅びるだけです。
前例がない、やったことがないと言い訳して、変化しようとしない組織は滅ぶ運命だと示唆しています。

Change or die?(変化か死か?)
とは有名なある経済学者の名言ですが、同じことをあらわしています。

自分は死なない・『失敗』しないと思い込んでいるかのような振る舞いの方をみかけることがあります。うまくいかないことなんて想像すらしていないから、困難や制約がつくと思考停止に陥り固まってしまいます。コンピュータが固まってするフリーズと同じです。その人の処理能力を超える負荷がかかって、処理しきれなくなってパニックになるか、立ち尽くすか逃げ出します。
一般に経営者や管理職にある人間はあらゆることの対応できる能力があるため、その地位にいますが、何かの間違いでその地位についてしまうと、思考停止に陥る
原発事故の際、思考停止を隠すためにわめき散らしていた政治家もいましたね。変化できなかったので、表舞台から消えつつあります。

話が少しそれました。元に戻しましょう。
変化に対応して自分自身が変化しなければ、死んでしまいます。
実際に命がなくなるのではなく、会社を去ることなるのかも知れませんし、会社自体が消滅することになるのかもしれません。
人々が求めるものに対応できなければ、大企業と言っても消滅の危機に瀕することはありえる話です。
人々が求めるものが安さだけだと誤解したある大企業が窮地に陥っています。食の安全は担保された上での安さの追求が当たり前という消費者と、この安さなら安全は必ずしも保証されないのが当たり前という企業の勝手な論理(実際にそうは言っていませんが、会見で適切に対処していたと言えば言うほど、安全の振りはしていましたと私には聞こえました。結果が不十分だったわけですから。)がすれ違っています。
一時安さで人々が殺到した時期もあるので、消費者側も価格至上主義という誤ったメッセージを発していたのかもしれません。企業もそれを感じ取り、少しでも価格を安くする努力をした結果が現在だとも思います。
しかし安全が担保されない価格の安さを今の日本人が求めていないことに気づいていないのか、競争に追われて気づかない振りをしているのかはわかりませんが、致命的だと思います。すぐに方針を変更しないと、下手をすれば倒産、倒産しないまでもかなりの業績悪化は免れないと私は思います。外資系だけにまさにChange or die?の状態だということに早く気づいて、より良く育って欲しいものです。