読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

『摘み取り教育』の話

今の教育や子供の育て方についてふと思います。
タイトルのように摘み取り教育をしているのではないか?と。

絵や歌の嫌いな方苦手な方もおられると思います。
何故でしょうか?
考えてみてください。
苦手だと思う人は、覚えているかどうかは別にして何らかの苦手になったエピソードがあると思います。誰かに絵や歌を否定されたのです。それが親なのか幼稚園、学校の先生なのか、習いものの先生なのかはわかりません。恐らく大人に否定されたのだと思います。

本来絵や歌は自由なものです。
自分の好きな様に書けば良いのです。歌えば良いのです。
楽しめばいいのです。
それを価値観の異なる心無い大人が
リンゴは赤でしょ!。黄色のリンゴじゃ変でしょ!黄色に見えるの!?
リンゴは真ん中に書いて!そんな端っこじゃ駄目!
と好きに書いた絵を否定されるようになります。
本来子供の書いた絵は全て100点であるべきなのに、否定されても楽しめる子はまずいません。
子供の伸びよう、育とうという芽を摘み取ってしまうのです。
まさに『摘み取り教育』です。
ただ単に絵の『意味』や子供が何を楽しんで絵を書いたのかを大人が理解できないだけのことです。つまり大人の理解を超えているので摘み取るのです。

『摘み取り教育』をしていくと子供はどのように学ぶか?
好きなことをしたら否定されるから、最初から否定されないように否定しそうな人の元にいって、どうやって書けばいいですか?と聞くようになります。
自分で考えるという芽が摘み取られた結果です。

子供にも歌いたくない気分のときもあるでしょうに、大きな声で歌いなさい!
もっとしっかり歌って!
と言われれば楽しむというよりも、訓練になってしまいます。
その結果、訓練は嫌だになってしまいます。
歌を楽しむという子供の芽を摘み取ってしまったのです。
子供が学ぶのは歌は訓練で嫌なもの
歌わないと怒られるから仕方なくやるものと学びます。
まさにやる気を摘み取る『摘み取り教育』です。

進路についてもよくある話です。
○○をしようと思う。
そんなことは出来るわけがない。こうしなさい。
子供が考えた芽を摘んでしまうのです。

例えば料理人に一日も早くなりたいから中学を出たらすぐ働く。
そんなこと言っても、みんな高校にはいってるから高校は出なさい。
料理人になるにしても高校は出てから考えなさい。
といって料理人に早くなりたいという自ら芽生えた芽を摘み取ってしまうのです。
親の不安もわかります。もしうまくいかなかったらどうしようと考えてのことです。
しかし本来子供の問題です。うまくいかなかったら困るのは子供です。うまくいかなかったらその時点で子供が自分で考えれば良いことです。
それを親が気負って、子供の問題に口を出してしまうことが自分で考えるという芽を摘み取ってしまうという『摘み取り教育』です。親は相談されれば応じることは問題ないと思いますが、既に決断したことに口出しすることはルール違反だと思います。(親の助けを最初から当てにした決断であれば、親の手助けするかどうかの問題でもあるので、口出しすることは仕方がないとも思います。)

知らず知らずのうちに子供の自ら伸びようとする芽を摘み取っていませんか?