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喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

『考える』を考える ~将来就職に役立つ考え方~

ふと今日は『考える』ということを考えてみようと思います。

『考える』とは何でしょう。

実は人によって頭の中でやっていることは異なるのです。

物事を思い浮かべるだけの人もいると思います。それは思い出しているのです。
『考える』とは、情報や知識・経験に基づいて選択枝をいくつか考えだし、その中から論理的により良いものを選び出すことだと私は思います。

この『考える』という行為に慣れている人と全く慣れていない人がいます。
『考える』ことに慣れている人にとっては、『考える』のは当たり前のことです。当たり前すぎて『考える』ことが苦手な人のことが全く理解できません。みんな誰でも普通に『考える』ことが出来ると思っているのです。『考える』ことを当たり前に人に強要して、諍いを生じることもあります。
『考える』ことに全く慣れていない人は、日頃から何事も自分で『考える』ことを行わず、周囲に流されたり、他人に決めてもらう人生を歩んでいます。

周囲に流されて高校や大学進学を当たり前として疑わなかった人が、就職になって突然就職先を『考える』ことになって戸惑うのはよくあることです。

日頃から『考える』こと、つまり考え付く限り様々な可能性から選択枝をいくつか探し出し、その時点で選択枝の中から最適なものを見つける作業を習慣とすることです。

晩ご飯を何にするかを毎日『考える』でもよいと思います。
コンビニに立ち寄る場合でも、近くのコンビニを選択枝としていくつか思い浮かべ、『目的』によって立ち寄るコンビニを選択するだけでも立派な『考える』だと思います。
『考える』を考えてみれば、いくらでも選択枝は拡がります。それこそ無限に広がります。
その無限の選択枝の中から理由なく選ぶのではなく、論理的な『目的』から一つの選択枝を選ぶ作業を繰り返す癖をつけていくと、『考える』トレーニングになると思います。

『考える』ことからとった行動が間違っていれば、論理が間違っていたのか、それとも集めた情報が間違っていたのかを『考える』こともできます。そのように結果を踏まえて『考える』ことを繰り返していけば、生活を改善することもできますし、様々な環境にも適応することができると思います。

この『考える』能力こそが、就職の際に求められている能力だと私は思います。

一度自分にとっての『考える』を考えてみませんか?