喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

議論しない ~意見がかみ合わない場合~

意見がかみ合わないことがあります。
こちらの主張を言っても、まったく的外れな回答が帰ってくることがあります。
そこで言い負かそうとしても時間の無駄です。なぜなら相手がこちらの主張を理解できる素養(基礎知識、言語能力、論理的思考能力など)が不足しているか欠落している可能性が高いのです。
こちらの理屈で責めても、かなりの確率でその理屈を理解することができません。延々と的外れなことを繰り返すばかりです。しかも的外れだと理解できないので、水掛け論になります。
ということは議論自体が無駄になります。

対策は議論をしないことです。

一段上から俯瞰するつもりで、相手が何が理解できないのか?何を知らなくてこんな的外れな主張をしているのかを考えます。こちらの主張と相手の主張の差から、相手の素養(基礎知識、言語能力、論理的思考能力など)のうち何が足らないのかを見極めることです。
言語能力や論理的思考能力に問題がある場合には、相手にするだけ時間の無駄です。基礎知識が欠落しているのであれば、議論の余地は少しはありますが、前提条件として議論の前に基礎知識を知っているか確認すると良いと思います。
具体的には、そもそも守るべき法律に違反していないか?とか、モラルに反していないか?とか誰もが守らざるおえないところを探し出して突きつけるようにすることです。誰もが認めざるをえないことを探し出すことです。(ごく希にモラルなんて関係ないと言う輩もいて苦労します。その場合には世間に公表するとか全く別の手段を探すしかなくなります)
他には極基本的なことが抜け落ちていないかを相手に確認するのも有効な場合があります。
残念ながらそういう明らかな相手の主張の問題が見つけられなければ、こちらの主張を述べた上で議論はせずに第三者に判断を仰ぐべきです。
何しろ相手にはこちらの主張を理解する素養がないのですから、こちらが何を言おうと受け入れることはないと思います。

意見がかみ合わない場合、議論せず別の対策を考える方が得策です。