喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

誰の問題かを区別して考えよう

タイトルの『誰の問題かを区別して考えよう』ですが、実は人間関係のトラブルの原因に『他人の問題に立ち入る』ということがあります。
例え親兄弟、親戚であっても口出しすべきではないことも多々あります。
心配しているからという勝手な押し付けで、口出しすべきではありません。心配しているのはその人の勝ってな都合であり、本人には余計なお世話ということは良くあることです。確かに将来の予測能力の優れた人は、最悪を想定できるため反対する場合もあります。あるいは新しい変化を避ける人間の本能から口に出ているだけかもしれません。

誰の問題かを考えて区別するようにすると、越権行為や余計なお世話が明確になるので問題が簡素化されていきます。
例えば新たに商売する場合、親兄弟・親戚一同が反対をする。
反対をする『目的』は商売がうまくいくかどうか不安になるからだと思います。
誰の問題かを考えてみましょう。当然うまくいかない場合に困るのは本人です。これは間違いないと思います。反対している親兄弟・親戚一同が困ることはあるのでしょうか?困った時点で頼られるのが心配というなら、困った時点で頼られても一切助けないという合意があれば問題ありません。逆に商売を始める開業資金を貸して欲しいとか保証人になって欲しいといわれるなら、商売がうまくいかないことが貸し金や保証人として自分の問題にもなるので口出しして当然とわかります。

中学・高校・大学などの進路について、親が過度の口出しをすることも避ける必要があります。
親の価値観を子供に押し付けることになるからです。子供が進路を決めたとして、間違っていたとして困るのは子供自身です。親は間違いを避けてあげたいという親心から口出しをするのですが、過度の口出しが子供の自ら『考える』力を削ぎ落とし、親に従ってうまくいかない場合親を責めるようになってしまうのです。ニートの一部はこういう心理があるのではないかと思います。子供自身が進路の選択がうまくいかないとしても、決めたのは自分です。自分で次にどうするかを考えるしかありません。決めたのが親だと、うまくいかないことを親のせいにして自分が被害者に見立てて、言い訳ばかりする人間に成長してしまうことでしょう。『失敗』して就職できないと親が面倒をみることになるんだから、『失敗』しないように口出しするのは当たり前と思われるかもしれません。しかし口出しすることで子供が従っても、子供にとっては親の言うとおりにしたのだから就職できなくても親の責任という心理を子供に植え付けることになるため、言い逃れの隙を与えることになるのです。その隙を与えないために困るのは子供だから、聞かれた際にアドバイスをすることは全く問題ないと思いますが、過度の口出しをすることは子供の問題に口出しすることになるので避ける方が良いと思います。