喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

議論せず反対する理由を探す人。

話し合い・議論では賛否両論があると思います。
通常の人は条件を考えて、賛成するか反対するかを考えます。
しかし中には変化を嫌い、条件など関係なしで反対一辺倒の人がいます。
話し合いではなく、反対は決まりごとで、少しでも納得してもらえそうな反対理由を探すのです。
困ったことに思いつきで反対理由を挙げるだけで、この理由があるから反対なのではないことです。つまり工夫によりその反対理由がなくなったり、論破されても次の理由を探してくるだけなのです。

何故なら反対が大前提だから。言い訳のときと同じ理屈です。言い訳の時は自分は悪くないから、納得してもらえそうな自分以外の責任を探す。
今回も反対が大前提だから、その反対理由がなくなっても結果は反対なのです。○○という理由で反対ではなく、反対だから△△という理由を持ち出します。ということです。
ベースには今のままを望み、新たに変化したくないという考えがあるようです。

新しいことを始めることをリスクと感じ、今のままで大きな問題がなければ今のままを望み変化を避けようとするようです。
人類みんなが変化や工夫をしない現状維持で満足していれば、今でも石器を使っていることでしょう。とにかく変化を拒絶する人には、人類の歴史は変化・工夫の上に積み重なっているのだから、変わるのが前提で変わらない方が良い理由を聞くのが一番です。変化に反対する人は言いがかりに近い理屈を持ち出すことがあるのですが、変化するのが前提となれば残すべき本当の理由しか相手にされなくなるからです。

国会にも変化するのが前提で、変化しないなら変化してはいけない理由だけを述べるという方式を導入して欲しいものです。その理由をクリアする知恵が出た時点で、議論終了とするのが理想ですよね。
利権や票に繋がるあるいは利権や票を失うから反対、だけど自分の私利私欲が理由とは言えないから無理やり理屈をこじつけているように思います。

反対が前提の人の特徴は、反対した理由をクリアされても次の反対理由を挙げることです。
結局のところ、私利私欲で動く人なのか面倒くさがりのどちらかだと思います。

あえて理由を取り上げず、反対なのはわかりました。それで本当の反対理由は何ですか?と聞いてしまうのがいいですね。
面倒なだけなのか、何かしらの自分のメリットがあるのかなどです。
面倒だから嫌なのですか?とか何らかのメリットが失われるのですか?と先に逃げ道をふさいでから、議論するのも一つかもしれませんね。

いずれにしてもこういう方は議論内容で賛成反対は変わらないので、議論が成立しません。
絶対反対枠として、議論から外すべきだと私は思います。