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喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

「他人の不幸は蜜の味」と感じる理由

テレビで報道されているゴシップネタ。どうでもいいと思いながら、ついつい見てしまうことも多いと思います。

何故かと言うと「他人の不幸は蜜の味」の心理が働いてしまうからだそうです。
では何故そう感じてしまうようになっているのでしょうか?
人類の進化の歴史を考えてみるとわかります。食べ物や異性を争っている厳しい自然環境において、周囲の人間の失敗は相対的に自分のチャンスが増えることを意味します。だから内心やった!と言う心理が働いてしまうようです。
ゴシップネタも同じ心理によって興味をひきつけるようですが、芸能人の失敗で自分のチャンスが増えることは現実的にはない(女優さんが別れたからといって、自分結婚できる可能性は極めて低いでしょう)ので、全く無意味な情報に興味を持っていることになります。かつては情報伝達が未発達でせいぜい周囲の村での出来事の共有で、直接食べ物や異性を争う相手の情報でもありました。現代では情報伝達手段の発達により、本来の生活には不必要な情報まで手に入るようになりました。かつての癖で自分の生活において競合しない相手の無意味な情報に興味を持ってしまいます。(競合する相手だとしても、あからさまに他人の不幸を喜んでいると周囲の人は離れてしまうので注意が必要です。他人の痛みのわかる人間になりたいなと私は考えています)
つまり今のところは視聴率が良いからゴシップネタ報道はされていますが、どうでも良いと思いながらも何故興味がわくかをみんなが知らないだけです。将来的にはゴシップネタ報道があったとしても『まだゴシップネタを見てるの?『意味』ないよ。』といわれる時期が来るように私には思います。(私自身はゴシップ報道はほとんどなくなると思っています)
ただし不倫ネタなどと共に、人間社会で一夫一婦制が発達した理由・利点を解説して、注意しましょう。という改善策を提案する『人の振り見て我が振りなおせ』的なゴシップなら残るかもしれませんけどね。
 
ゴシップネタになんとなく興味を持ってしまうのは心理学上の錯覚のようなものなので、生活する上でなんの『意味』もありません。極力見ないようにしたいものですね。