喜 哀楽の考え方

私(喜 哀楽)の考えていることを、できるだけわかりやすく書いていきます。

クレームの対処法 ~言いがかりか正当な苦情か?~

クレームというと言いがかりというようなニュアンスを含むこともありますが、お店やサービスにたいする苦情ということもよくあります。
その場合、言いがかりか正当な苦情かが問題です。
いわば相手が不快に感じたという感情の問題か、論理的に落ち度や至らないところを説明できるかどうかです。

感情の問題は個人の感じ方それぞれの問題なので、他人に感じ方は理解できず対応のしようがありません。
感情は理解できないので対応できないことをはっきりと伝えるしかありません。


論理的に説明されこちらに一方的に非があれば誠心誠意対応するしかありません。
何らかの人為的ミスや機械の故障などであれば、ミスや故障を見落とさない対応を検討するべきです。クレームは仕方がありませんが、同じクレームがおこらない仕組みを考えることです。
何らかの勘違いが原因であれば、勘違いが元でクレームに繋がったことを説明し、今後勘違いが起こらない対策をとることで理解してもらいます。そして勘違いの元になったことを仕組みから改善することです。

クレーマーといわれる人は寂しい人、日常生活で相手にしてもらえない人が陥る傾向が強いようです。
最初からクレーマーなわけではなく、初めて正当な苦情を言った際の相手の平伏感に快感を感じてしまい、再度同じ思いを味わいたくて言いがかりともいえる苦情を探してまわるようになるのです。日常生活で相手に言い返されず一方的にやり込めることというのはそれほど経験できることではないので、自分が偉くなったような大きな勘違いをしてしまうのです。
中途半端な言いがかりでも相手が対応を面倒くさがって、謝ってしまうとますまずエスカレートしてしまいます。何故なら満足感は慣れてしまうから、同じ刺激では同じ満足感を得ることができず、どうしても刺激を求めて言いがかりが過激になっていくのです。

単純な対策はこの件は弁護士と相談する可能性もありますので、言った言わないの水掛け論にしないために録音・録画をさせていただいてよろしいですか?と伝えることだけでもかなり効果的だと思います。何故なら相手が言い返せない前提でクレームをつけているからです。相手から逆襲があるかもしれないと思うと、現実に引き戻されます。

説明下手は考え方の問題 説明上手になるには?

説明とは考えていることを伝える作業です。
自分の考えがまとまっていない状態、つまり自分でも良くわかっていない状態で相手にわかるように伝えることは不可能です。
まず自分の頭で何を伝えたいのかを整理することです。
伝えたいことを一言で言うと何なのか?

 

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 いわば文章で言うタイトルのようなものです。
そこから大まかな内容・総論を伝え、次に各論に入っていくいう流れです。

そこで言葉の短縮、伸長の手法が役立ちます。

 

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 何故なら、手短に話をする場合には短縮・圧縮して伝えることができます。
イメージとしては今日の説明内容として大まかな内容の箇条書きをプレゼンして、次に箇条書きをタイトルとした詳しい内容をプレゼンするというイメージです。
相手が興味を持ってもらうか理解してもらえなければその部分を詳しく説明していきます。
そのように準備していく癖をつければ上手になっていくと思います。

イジメっ子の親の心理

イジメっ子全員に当てはまるわけではありませんが、多くのイジメっ子に当てはまると私が思うことです。
それはイジメっ子は悪いことをした自覚を持てないということです。
その多くはイジメだと自覚がないまま、相手にとって辛いことをしているのです。
イジメっ子の多くは相手を思いやる心(共感する心)を養うことなく育ってしまっています。
相手を思いやる心があれば、相手が嫌な顔や不安な顔をした際にやってはいけないことをしたと気づけるはずです。しかし相手を思いやる心がなければ、相手が嫌な顔や不安な顔を面白いと感じてしまうのです。イジメっ子の多くは虐めてやろうという意地悪な心で考えてやっているわけではありません。ただ楽しいと感じるからやっているだけのことです。
相手の思いを感じ取ることができないので、平気なのです。心が痛まないという表現がありますが、やっていいことと悪いことである善悪の区別が曖昧かそもそも善悪の概念がないのだと思います。

ではその親の心理はどうでしょうか?
子供に善悪の区別を教えることや、相手を思いやる心を教えることは親の最低限のつとめだと私は思いますが、イジメっ子の親の多くはその自覚がありません。最悪の場合は、親が子供を虐めています。しかもその場合しつけと称して虐めているので、親自身に自覚症状がない分たちが悪いです。親にされていることがイジメだとは思いもしない子供は、悪気もなく友達にやってしまうのです。そしてイジメをして親に対して学校から呼び出しがあっても、何故それぐらいのことでわざわざ学校に行かないといけないのか親自身が理解できないこともよくあります。
親自身にとって悪いとは思えない、理解できないのですから。

同じイジメっ子の親といっても、何が悪いのかわからない親とイジメをしてしまった子供の立場に立って叱るあるいは心配する親とでは雲泥の差があります。

出来ることならイジメっ子の親の教育からやり直さなければ、イジメ根絶は困難だと思います。

上手な説明をするために。~一言にまとめる~

上手な説明をするこつを考えてみました。
説明の仕方はいくつか書いていますが、上手に説明する最善の方法は一言にまとめることだと思います。

つまり会話をする『目的』を考えることです。
会話の『目的』は一言で言うと何なのか?
具体的には

  • 相手の興味のありそうな話題の情報提供なのか?
  • お願い・要望なのか?
  • 苦情・抗議なのか?
  • 疑問・質問なのか?
  • ただの時間潰しの雑談なのか?

相手も『目的』がわかれば、聞き方もかわると思います。
情報提供だと受身でよいのですが、要望であれば何が出来るか考えながら聞く必要がありますし、苦情であれば問題点が何なのか身構えて聞く必要があります。質問であれば答えを考えないといけないので、どの分野の話かしっかり話をきかないといけません。雑談であれば、答えを求められていないので気軽に話を聞いていれば良いと思います。

更にその内容を一言で伝えてくれると、内容に関して頭が切り替わるので大変わかりやすくなります。

例えば

  • ○○の情報提供です。
  • △△に関するお願いです。
  • ○○に関する苦情です。
  • △△に対する質問です。
  • ○○に関する雑談です。

興味を持ってもらえれば、その後詳しく話し始めると良いと思います。
大まかに目的を伝え、その中で話を絞り込んでいくと良いと思います。

 

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不祥事を隠蔽しようとする心理

不祥事を隠蔽しようとする心理

一言で言うと責任をとることが出来ない人間が責任者になっているということです。
やってしまったこと・起こってしまったことはは仕方がありません。何故なら過去に戻ることができないからです。
しかし責任を取りたくない一心で必死で隠蔽しようとします。
なかったことにしてしまおうとするのです。
組織としては2重の意味で害悪です。
一つは改善する手段を失うこと。
もう一つは更に事態を悪化させること。

そもそも責任を取れない人間が上司になってはいけないのです。
不祥事があれば怒っても仕方がありません。何故なら過去には戻れないのだからです。
唯一反省を促し、改善策を練ることだけが上司に求められるのです。

なかったことにしてしまおうとするのは、子供と同じです。
怒られるのが嫌だから嘘をつこう。
決して相手に悪かったとか周囲に迷惑をかけたという自己反省をするつもりはありません。

隠蔽しようとする相手に関わってしまったこと事態が不幸だと諦める方が得策かもしれません。
何しろ思考回路は、嘘や言い訳で逃げ惑う子供と同レベルかもしれないのですから。

他人事のように話す人

他人事のように話す人がいます。
本人に悪気があるわけではありませんが、自分が何かをするという考えが欠落しているのだと思います。
いわば他力本願で、誰かが何とかしてくれる。
自分は待っていれば良い。

いわばお客さんのように考えているような人です。
自分が主人公だから、自ら考えて自分で動くしかないのに、本人は主人公という自覚がありません。待っていれば誰かが何とかしてくれると思っているのです。


だから他人事のように話してしまうのです。
もしかしたら物事を客観的にみているから他人事のようにいうのだと言い訳する人もいるかもしれませんが、客観的にみても他人から見たようになるだけで解決するのは自分です。他人事のようにはなりません。突き詰めると他人事というのは解決するのが、他人である話方ということです。

心の病が潜んでいる可能性もありますが、ただ単に解決するのが自分とという事実を知らないだけかもしれません。

その問題は誰が解決するの?
と聞いてみると良いと思います。
ただ知らないだけならはっとすると思います。

子供は親がどこまで許すか愛情を確かめている?

子供は親がどこまで許すか愛情を確かめている?
愛情満点で育てているつもりでも、子供は言葉に出せないものの不安に感じることもあるようです。そこでどこまで許してくれるのか、親の許容範囲を試すことがあるようです。許してくれることが愛情だと、知らないうちに子供が思い込んでいると歪んだ心理になってしまいます。親が怒ったり叱ったり、ガミガミ言ったりすることも愛情だと理解していない可能性があります。

元施設の職員の方から聞いた話です。親の育児放棄のため養護施設に入所した子供達は、施設の職員に対してどこまでやったら怒るのか?どこまでやったら呆れられるのかを試す行動に出るそうです。それは親がいなくなってしまったトラウマから、施設の職員に見放されるのが怖くて、施設の職員の方たちの許容範囲を試すことで、許容範囲内なら見放されない安心感を得るために入所直後に荒れた行動をとってしまう一面があるそうです。

子供の感じている寂しさの裏返しで、相手をしてほしいという心理が働くようです。
強制的に相手をしてもらうために、周囲の人たちに仕掛けるようです。
寂しさを感じなくなれば自然と周囲の人たちを困らせる行動は減っていきます。
増えているのであれば、寂しさが増えているのかもしれません。

子供に何でそんなことをするの?と聞いても、多くの場合明確な答えは返ってきません。
何故なら寂しいといえないから愛情を確かめる行動をとっているからです。最初から寂しいと言葉に出せる子供はどこまで許してくれるのか愛情を確かめるような行動はとりません。
または子供自身が寂しいという認識がなく、ただ相手にして欲しくて、行動している可能性もあります。自分自身で何故そんな行動をとったのか理解せずに行動しているので、人に聞かれても答えようがないのです。周囲の人たちもそんな心理が理解できず、お互いが途方にくれてしまうのです。

子供が人を困らせる行動の裏に寂しさが潜んでいることがあることを認識し、子供に寂しさを感じさせないように接してあげるように心がけたいですね。